2021/12/03

GENESIS「FOXTROT」LP米英セカンドプレス比較

「需要があろうとなかろうと、そのへんに落ちててほしい情報が見つからなかったら自ら提供し、いつか誰かの役に立つ」が現在のこのブログの基本姿勢です。
今回はあーあこういうことやり始めちゃったよこの人...ていう件名だけど、まあ聞いてくださいよ。

イギリス出身の5人/4人/3人組プログレ~シンセポップバンドGENESISのことを高校以来(ラジオで聴いた"No Son Of Mine"を含めれば小学校以来)たいへんにお慕い申し上げており、フィル・コリンズが抜けるまでの全時代のどの側面もだいたい好きで(レイ・ウィルソンの健闘むなしくセルフイメージのがんじがらめで墜落した97年の「CALLING ALL STATION」についてはいずれ改めて触れたい)、数年かけてゆっくりLPを揃えるつもりだった。
しかし気長にリアル店舗を巡っても、好みの条件の盤をサクッと集められるまでにはどうも程遠い。結局、ウェブで高過ぎずショボすぎない中古盤を捜索・指名買いするのが一番よかろうとなり、1年足らずで8割方のアルバムをお迎えしてしまった。これは巡回コスト低減のための抑制的な買い、破滅的でなく建設的なWar To End All Wars事業なのです。

して「好みの条件」とは。
GENESISはイギリスのバンドであるから、当時の本国のリリース元であったCHARISMAの盤で揃えるのが美しい。CHARISMAのLPは時期によってラベルデザインが異なり、GENESISの場合、オリジナルや初期リプレスは、ピンク地に「不思議の国のアリス」の登場キャラクターである「マッドハッター」を描いたものとなっている。リイシューのものは青地+カクカクしたロゴ+マッドハッターになるのだけど、ここはやはりピンクマッドハッターで揃えたいところ。

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揃ってるー気分がいい。
ちなみに「THE LAMB LIES DOWN ON BROADWAY」(74年)だけは、ディスク2枚ともA面がマッドハッター、B面がピクチャーレーベル仕様。

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ポップ化以降はマッドハッターがいなくなり、ジャケとデザインを合わせたピクチャーレーベル仕様中心になる。この頃はもうアメリカのバンドになったも同然だということにして、US盤(ATLANTIC)も許容することにした。「THREE SIDES LIVE」のDisc2・B面にはEP「3x3」の3曲とシングルB面曲ちょっとがオマケ収録されているからお得。

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で今回の主役、72年の「FOXTROT」。
まだLP買い始めの頃、店頭でたまたま行き当たった初期US盤を、深く考えずに買ってしまっていた。
当時のGENESISのUSリリースといえばもっぱらATCO盤。たまたま手にしたこの個体は「ジャケはイギリス盤と同じゲートフォールド、ラベルデザインは極初期CHARISMAの『ピンクスクロール』柄、盤の製造・流通はアメリカのBUDDAH RECORDS」という変わった品だった。
中古流通の途中でジャケと盤が入れ違ったのかもしれないし、「FOXTROT」だけUS盤というのも何かきもちわるいので、買い替えるつもりでマッドハッターつきのUKセカンドプレス盤を入手した。

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はい。こうなるとやることはひとつ、手放す前に音質比較。その情報を求めてここにたどり着いた皆様、お待たせしました。

まず先に所有していたUS盤(=写真左)。マトリックスはA面が「CAS1058-A-RE2 F/W NYC SJR」、B面が「CAS1058-B-RE2 F/W NYC SJR」。DISCOGSで調べると刻印はこれが一番近いけどラベルはこれ。盤の製造年は75年またはそれ以降と推定されているらしい。
音は一聴して解放感が感じられる、初期プレスあるあるな良音質。CD(94年のDefinitive Edition Remaster)だと爆発が起こっても破片がアクリルボックスの内壁をはね返る感じがするのが、このプレスはどこにも当たらず自然落下して、何なら顔に風圧も感じるくらいに開けている。いいの買ったなーと思った。

そしてわざわざ買い替えたUK盤(=写真右)。こちらのマトリックスはA面が「CAS 1058 A2-U PORKY'S PRIME CUT O 1」、B面は「CAS 1058 B-1U PECKO」プラス読み取りづらい3文字。ほぼこれとみて間違いなさそう。製造年は74または75年らしい。
謎仕様のUS BUDDAH盤をさらに凌ぐ、天然水みたいな透明感を味わえるかと大いに期待したところ、何か全然違う。声とベースのミッド~ローミッドがやたらありありと真ん中にいて、スネアのスナッピーやシンバルは背景にまわっている。そもそも音量自体がわずかに小さい感じもする。
専用ブラシ、中性洗剤、アルカリ電解水、また専用ブラシ、と徹底的にチリを除去したものの、やはり傾向は変わらない(たまにこれで劇的改善する盤があるからクリーニングは心底侮れない)。

US盤で感激した後だから、なんだーという感じである。全然手の届く価格とはいえわざわざ買い替えたのに。
事実を受け入れがたくて何度も何度も比較していたら、だんだんUK盤の長所にも気づいてきた。

US BUDDAH盤は高音の抜けと同時にうっすらコンプ感も加わっていて、大きめのドラムのフィルインなどはけっこうな激打に聴こえる。聴き苦しい潰れ方ではないから全然歓迎なのだけど、UK盤はより生のまんまのダイナミクスが残されている(気がする)。
加えて、UK盤はそのヘッドルームゆえ、内周に近づくA面ラストの"Can-Utility And The Coastliners"が終わるまで太さと余裕が変わらない。比べてみるとUS盤の内周付近は低音の踏ん張りが弱く、ちょっと叫び疲れた感じにも聴こえる。アルバムの中で大して気に留めていなかったこの曲、特に中盤からの流れ、実は「そして3人が残った」以降のアルバムに収録されていてもおかしくない隠れ名曲だと知ってましたか?ワタシは今日初めて気づきました。ありがとうUK盤。おしなべて一定のバランスを保つことを優先したプロの仕事です、しょぼくないです。

ということでこのわかりやすい一長一短、「HEAVEN AND HELL」に続いて2枚持ちせざるを得ないのか。アナログの世界はおそろしい。
ちなみに94年リマスターCDもついでに改めて聴いてみたところ、US BUDDAH盤をさらにピンポイントでトレブリーにした感じで、ハイミッドの色付けには影響しないまでも、金物類とボーカルの歯擦音がザシザシ立っている。確かに細部までクッキリするんだけど、ゴロっとそこにいるというサイズ感や遠近感は往時のLP用マスターのほうが生々しく感じられる。画像にアンシャープマスクをかけ過ぎたときと全く同じで興味深い。

ブルーラベルの後期リイシューや赤緑のATCO盤、1万円超えするUKオリジナルはどんな音がするものだろうか。そこまで手を出す予定はありません。