2026/01/08

飯島真理ディグ記 (1)国内活動時代

前回のオールド小林武史探求でちょっとだけ触れた飯島真理。ここしばらく、この人の掘り下げで超絶忙しい。
いかにしてワタシのようなディガーが深入りすることになったか、行き当たった順に書いておきたい。

5th「コケティッシュ・ブルー」('87)

DiscogsでTK氏参加作品を探した中のひとつとして出会ったアルバム。
冒頭曲からいきなりシリアスタッチの抑え目AOR路線で、ジャケのイメージと完全に合致。普通に前向きで明るい曲も入りつつ、アルバム全体を通して歌謡曲すぎない垢抜けた演奏・アレンジと、日本人になじみやすいツブ立ち・フックがガッツリ両立している。どの曲もイントロから歌に入って早々にばっちり爪が立っている印象。いわゆる和モノ発掘家が好むであろう軽快イージーな"Baby, Please Me"、全身黒・ヒール高め風の"Crime"など曲調の振れ幅も豊富。A面ラストにあたる5曲目"ガイ・ベネットの肖像"などは、何かの主題歌でもなければチャートで流行るような曲調ではないけど、大名曲の風格すら漂っている感がある。

ちなみにTK氏はシングルカットされた"People! People! People!"1曲のみ、アレンジャーではなく演奏での参加なのでとりたてて存在感はない。曲調としてもこの1曲だけが異質にハイテンションで、客演勢もその他と違っていることから、たまたまアルバムにも入ったシングルということかと思う。ちなみに、経緯不明ながらサブスクではこれを含む2曲が除外されている。

基本的に少女性が強めなアイドル向きの声質ながら、曲によっては喉頭の高さを多段階ロックできるかのごとく、人が変わったような強め寄りの声を演じることもあり、不敵に高い歌唱力をもつ。
歌手を真ん中に立てて作曲家の先生が楽曲提供し、アレンジャーの先生方が仕事をしました、という感じの80年代後半の商業邦楽のアベレージよりはデジタル度がぐっと低く、カーラ・ボノフあたりを聴くのと同質のシンプルさ(音楽的には別に似ていない)をもって、一人の人の音楽をじっくり受け取れるようなアルバムになっている。

この作品がデビュー以来在籍したビクターからMOON RECORDSへの移籍作で、レーベルを運営する山下達郎自身がプロデュースする話があったものの、それを本人がお断りしたとのこと。上記のとおりまったく過不足ない仕上がりなので、変にヤマタツ的フィーリングッドなヴァイブスが介入しなくて全然よかったと感じる。
飯島真理という名前に対しては、ご多分に漏れず「"愛・おぼえていますか"と『スプーンおばさん』主題歌を歌った80年代の歌手」という認識しかなかったので、決して明るくはない表情でじっと目線をむけるモノクロのジャケ、どうやら当時アイドル的であったらしい立ち位置からすると意外なプロデュース/アレンジ/全曲の作詞作曲が御本人というクレジットに、どういう人だろうと興味をもって首を深めに突っ込んでみることにした。

2nd「ブランシュ」('84)

ざざざっと略歴を調べたところ、「2作目はデビュー作と打って変わって暗い」「アニメ/アイドルファンからは評判が悪いが、これぞ名作と推す向きもある」との情報を得、早速チェック。
うっすらトランシーなシーケンス、雑多なテクスチャのカットアップと多軸並走、プログレ感ある3拍子等々が盛り込まれたケイト・ブッシュのような冒頭曲"Marcy Deerfield"からして、これは確かに刺しに来ている度が凄まじい。3曲目"レダ"は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のサウンドトラックと間違えてないか不安になるオーケストラル・ダークアンビエント。84年にこんなことある?
そしてヘヴィネス極まる"Rulie"。冷徹なスクロールを続ける鈍重ビートに、絵に描いた壮麗さをたたえるストリングス、トニー・バンクス(GENESIS)さながらにあらぬ方へ裏返りながら進むコード、通りすがりの動物がちょっと映り込むかのような細かい付加要素(実際に犬の声もコラージュされている)、場を統べているのか操られているのかよくわからない少女モードのボーカル、これら全部が他人の距離感のままひとつの画になっている。ルートを死守しながら小節アタマごとに鈍い膝を入れてくるローCのベースがGENESISの"Back In N.Y.C."と全く同じ仕事をしていることもあり、ここで完全に「飯島真理作品を集めなさい」の啓示が下りた。(結果、こんな事態になってるのはこのアルバムだけだったのだけど)

「マクロス」絡みの起用で人気曲のひとつとなる"天使の絵の具"は、このアルバムではのちに"愛・おぼえていますか"のシングルのカップリングに収録される王道キラキラバージョンとは全く違って、30年先取りのスクリュードな電子ドラムが仏頂面を貫くオルタナティブ血祭りバージョンとして登場。歌い出しが数拍トルツメされてボーカルラインの意味すら変わっている。
絶対2010年代以降だろうというモジュレーションギターが昭和の悲哀を食刻する"シンデレラ"、清純系のライトなお涙でもよかったのに荒井由実が一世一代の勝負に出たかの如く悠然と仕上がった"Birthday"...と、どこをとっても明らかに温度管理がエクストリームすぎる。

プロデュースしているのが吉田美奈子で、そんな人だっけと思って近い時期の作品を聴いてみたら、どうしてこうなったのかは一目瞭然だった。
"夢で逢えたら"で有名なワンオブ大御所SSWくらいの認識しかなかったのだけど、80年代後半、特に「DARK CRYSTAL」('89)と「GAZER」('90)の2作では、それまでのキャリアで達成した海外の本格派ソウル/R&Bポップスへのキャッチアップに飽き足らず、邦楽らしからぬアグレッシブな試行を披露している。特に「DARK CRYSTAL」期は、密集した超多重和声、空似するマシンビートとアフリカンリズム(後日註:あとあとちゃんと全編を聴いたらアフリカ感は皆無で、要は芸能山城組感ということでした)、ニューエイジ以降を匂わせるシンセのヴェール等々を多用して、プリミティブと超知性が同居するオーパーツ的ダーク音響ポップスを作り込む人になっていたらしい。「GAZER」ではグランジ時代に相応しい低重心激辛コンパクトモードに転じ、そこから地続きのまま、洗練された音響感覚を空気レベルでまとったブラコン的90年代型ポップスにつないでサラッと歌人モードに戻るという「必然の一過性」ムーブを成功させているのもまた凄い。
「ブランシュ」はその数年前なので、当時の吉田美奈子ウォッチャーであっても(既にちょくちょく音響的な偏執性が垣間見えていたとはいえ)そんな性質を持ち合わせていることをおそらく知る由もなく、この変化がどういうことだったのか、誰もが当惑したことだろう。「DARK CRYSTAL」「GAZER」を評価する吉田美奈子ファンの人は、先行実験としてのこの作品を見過ごす理由はない。

ボーカルスタイルの面では、それが狂気の組み合わせとして効果的に響くシチュエーションを除いて、例の少女的なトーンをほぼ全面封印。まるで太田裕美~岩崎宏美ラインの正統派歌手のような深みのある高音で、至って真面目に歌い上げている。「このアルバムは歌い方が暗い」と評するファンが少なくないようで、本人も「苦しんで悩んだレコーディングだった」的なことをのちに語っていて辻褄が合ってしまっているが、この渾身のパフォーマンスが不全な状態の類には聴こえない。
自身の作品で既にまともな歌ものの完成度を極めることに満足した吉田美奈子が、「アイドルやアニメ歌手じゃなくアーティストとして認められたいっていう本人の希望ですんで」といって自分のところに新人を連れてきたビクターの予算を遠慮なく使い、アートの名のもとに実験性を爆発させて市場度外視の域までいじり倒しを完遂した、意図通りの結果がこれなのではなかろうか(個人の妄想)。

ただ、自作の曲たちを見事に最果てまで転がされて、自身の創作に対しては妥協なきコントロールフリークであると思われるまりン(※オフィシャルの愛称)氏当人の心情としては確かに、「これは自分の本質じゃない」という気持ちが少なからずあったことだろう。大御所すぎる山下達郎からのプロデュースのオファーを丁重に蹴ったのも、ここでのことを踏まえると納得がいく。
後世のいちリスナーとしては、この時このめぐりあわせでしか生まれ得なかった奇跡のフュージョンとして重宝していきたい。STEWART & GASKINあたりがOKなプログレッシャーは今すぐ買ってください。

ビクター時代~移籍までの概略

先ほどの啓示に従って、早速まりン氏ディスコグラフィへの理解を深めるにあたり、まずは腰を据えて来歴の把握に入る。
アイドル扱いはともかく「アニソン歌手」のイメージは、当人にとってはまったく望むところではなかったらしい。以下、わかったことのまとめ。
音大ピアノ科に在学中、送ったデモテープが認められてビクターからのデビューが決まる。しかし自身の単独作のリリース前に、「超時空要塞マクロス」の劇中に登場するアイドル歌手キャラクターの声優を担当し、作品の主題歌(本人の作曲ではない)が大ヒットとなってしまったことから、アーティストでありたい当人と世間の認識の間のギャップに長い間苦しめられることになったとのこと。(ちなみに現在はそれを克服し、アニソン関係の仕事も比較的積極的に受けている)

デビュー作「ロゼ」('83)は坂本龍一が全面プロデュースを担当しているが、これはまりン氏本人の「アニソン歌手ではなくアーティストとして見てもらいたい」という希望から出た人選であったと本人が語っている。
人工物然とした初期デジタルシンセを全面フィーチャーし、ハイブロウなコードづかいでボーカルラインの背景を厚く深くする立ち回りは、同時期の大貫妙子のプロデュースで見られたのと同じ手法。フュージョンAOR的なシャキシャキしたテンションを歌メインのアレンジに昇華したリズム設計も同様。
曲の骨子自体は時代柄、また本人の若さも恐らくあって、松田聖子的なアイドル然としたブリッコ感が色濃い。レコーディングにあたって大半の曲は入念なプリプロダクションをほぼせず、スタジオでアレンジができあがったとのこと。世界観を曲げないままサラッと近未来型にエンハンスする制作チームの手腕と、強めのフックが自然に入るソングライティングの両輪ががっちり噛み合って、ジャケのイメージそのままの強力な新時代キラキラアイドルポップスができあがっている。

2nd「ブランシュ」は先ほど長々と書いたとおりで、その次が初期の集大成となる3rd「MIDORI」('85)。リリースサイクルが早い。外部ライターを入れず全部自作しているのだから、デビュー早々にして商業ベースで戦う作家力が高かったのも凄い点。ここでは1stの印象を踏襲しながら若干オーセンティックさも増した、アイドル+SSWのイメージど真ん中を体現するスタイルに仕上がっている。昭和平成令和をくぐり抜けてもまったく古びないジャケのインパクトも特筆すべきだろう。幾田りらの新作ですと言われても違和感ない。

続く「KIMONO STEREO」('86)では、かわいい系一辺倒ではない貫禄がより目立つようになる。バブル期邦楽あるある=海外レコーディングを敢行しており、それが後の転身につながっていったようだ。ちなみに最初に紹介した「コケティッシュ・ブルー」も、録音地こそ日本だが、海外ミュージシャンを呼び寄せてレコーディングされている。

このタイミングで当時のビクターは、作曲に外部ライターの起用を提案したりもしたそうで、本人はそれをきっぱり拒否。MOON RECORDSへの移籍前後の出来事という文脈でこのことが語られていた。
ちなみに作詞面では、シングル曲"1グラムの幸福"や、4th収録の"セシールの雨傘"が、かなり例外的に松本隆のペンとなっている。それはプロの仕事に身をもって触れることで、勉強して成長させる意図があったのでは...というファンの推察を見かけた。そうだとするとビクターとしては、作曲面でも同じことを考えていたとしても不思議ではない。ただ結果として、現在に至るまでほぼペースを落とさず作り続ける作家体力を維持しているから、当人にとってはただのおせっかいだったのかもしれない。

まだもうちょっとボリュームがあるので、いったんここで分割。続きはこちら