オールド小林武史を訪ねる
小林武史(以下TK)、個人的には真っ先に、小泉今日子の"あなたに会えてよかった"の人であり、TBSドラマ「ずっとあなたが好きだった / 誰にも言えない / ダブル・キッチン」合同サウンドトラックの人。昨今のハイアベレージな量産家勢とはまた感触の違う(ように私は聞こえている)異常な冴えというか閃きには、いつか真正面から向き合ってみようと思いながらかれこれ10年だか20年だか。(怖いか、じじいのタイムスケールが)
ここ1~2年、休日に早起きして、歌好きなムスメを朝からカラオケに連れていくことがまあまあある。毎度メタルやグランジばかり聞かせるのも悪いので、何かしら日本語のギリギリ知ってるやつを...と狭く浅いJ-POPレパートリーを総動員する中に、TK楽曲も何割か入ってくる。
JOYSOUNDないしDAMバージョンのオケでも繰り返し繰り返し聴いていると、やっぱりこっちのTK作品ってよく出来てるよね~としみじみ思う。なんなら知らん曲も新しく覚えてみるかと思い、初期ミスチルの作品をひととおりサブスクで初めて掘り起こしてみたら、"Distance"のようなしみったれたメロハーまがいの曲にも遭遇した。これは作曲にもTK氏がクレジットされており、4分音符縛りのバイエルみたいなBメロ、その長音とのコントラストを利用した落ちサビと、ここでもキレキレぶりが発揮されていた。
これはもう(真正面から向き合う時が)今だなと思い立って、知られざる名プロデュース作がないかとりあえずググってみるも、一定以上にマイナーなところを深堀りした記事はなかなか見つけられず。
Discogs先生を当たったところ、まるで知らない初期関連作品が大量に見つかった。もはや日本の音楽のこともDiscogsに訊けばいいらしい。ついでに別の大きなひと山を引き連れてきて、現在大変なことになってしまっている。それはまた回を改めるとして、まずはここまでのTKワークス発掘成果の中から特にピンときたものを共有したい。
80年代前半~中盤の杏里
昨今のシティポップ礼賛ど真ん中で、CDもアナログも難易度が高くフィジカルでは未回収。
杏里はもっと肩パット感のすごい人というイメージだったけど、TK氏が関わったのは全体的にややメロウなフュージョン/AOR感をベースにしている時期だった模様。提供楽曲も比較的落ち着き気味でちょっと高湿度なものが多い。
- 「HEAVEN BEACH」('82):"Resolution", "Flash Back Memories"
- 「Bi・Ki・Ni」('83):"Surf City", "Just Be Yourself", "Summer Focus"
- 「WAVE」('85):"Into The Body", "Wave"
並べて聴くと、やはり後寄りの作品、「WAVE」の2曲によりTK節がにじみ出ている。特にタイトルトラックなどは、前時代のドロドロ感とは一線を画する、うっすら深刻みの漂う響きのコード選びと、ここぞのタイミングでの不安なオンコード使いが必殺。それをトータルの温度調整で時代なりのハンディなポップスの範疇にギリギリ収めてくる手腕よ。90年代以降も、このヒンヤリする感じは氏のトレードマークのひとつになっている気がする。
アイリーン・フォーリーン「ROMANTIC」('86)
アルバム1枚まるまる編曲のみで関わっている作品。作曲はすべてメンバーの安岡孝章氏。ジットリめな空気の中、たまにハードエッジなギターも覗かせながら、総じてスムース&シャープなシンセにくるんだ哀愁ハイテクAOR。ボーカルの情念度も含めて、仕立てはCUTTING CREWあたりと非常に近い。カラフルで精巧、過圧縮にはならないが常時いい具合に詰まってる空間演出は欧米クオリティに勝るとも劣らない。AppleMusicで試聴可能。
有賀啓雄「SHERBET」('87)

原田真二や小田和正のバックバンドに参加歴のあるベーシストの1stソロ。2023年に亡くなっているとの事。
検索すると若干いかついめの写真が出てくるのだけど、この作品は80年代シンセウェーブ~ギターポップ色が濃厚な内容で、至ってソフト。イノセントというほかないフワーッとしたボーカルに更に深いリバーブを掛け、ベッドルームのTEARS FOR FEARS的な趣きもあり。TK氏は鍵盤奏者として5曲に参加。
どの程度の裁量をもって演奏にあたったかは不明ながら、そんなことはどうでもいいかと思える極度にピュアなドリーミー・インディポップがこの時代に存在していたことを知れたのが収穫。2025年12月現在、Youtubeにフル動画あり。消えるといけないのでDiscogsのほうにリンクをはっておく。
小原礼「PICARESQIE」('88)

こちらも鍵盤で客演のみの作品。共演の多いベーシスト小原礼のリーダー作で、TK氏が当時よくお世話になっていたギタリスト大村憲司も全面参加。BEACH BOYSに関わったこともあるというブロンディ・チャップリンの太め重めなボーカル(CHICAGOのビル・チャンプリンにやや似)を中心に据え、TOTO風味のフュージョンAORに取り組んでいる。
音楽的にさほど独創的な点はないものの、微塵もブレない完全欧米メインストリーム志向の中、その鍵盤パートを数人持ち回りではなく全曲TK氏一人のみで担当している点で、当時のプレイヤー/シンセイストとしての氏をしっかり堪能できる1枚。DiscogsのリリースページにYoutube動画へのリンク有。
安田成美「ジィンジャー」('88)

2曲で鍵盤&アレンジャーとして参加。アルバム全体としては大貫妙子がプロデュース、世話人・大村憲司がアレンジ。ソフトな声質を自然に生かして全編ほわーっと、かつそれなりに大人びた感じに仕上がっている。というか、寄せすぎなくらい大貫妙子イズムあふれる歌唱になっている。御大制作のデモの雰囲気をそのまま役者力で拾ってしまったのだろうか(そんなデモがあったかどうかも知らないが)。TK曲はまた深刻な感じのピアノバラードと、温和だがヒンヤリするこれまたピアノバラードの2曲。どちらもほぼアコースティックピアノだけをメインの伴奏にしていて、その静謐な雰囲気もまた大貫妙子に寄せまくっているような。しかし流石にソツなく達者な演奏。
ちなみにTK+大貫妙子は、スタジオアルバム数作でガッツリ関わった時期があって聴いてみたのだけど、軽く柔らかく響くはずの御大の歌声が、TKポップスにはめようとすると実は恐ろしく高質量であったことがわかり、どうやってもお互いに分離してしまっている仕上がりに感じた。
そんなことよりこのアルバムのハイライトは、TKとは全然関係なく、御大の86年作「COMIN' SOON」にも収録されていた"Momo"。オリジナルはジョニ・ミッチェルよろしくアコギとフレットレスベースを主軸としたアレンジでそれもまた渋いが、ここでは重心の低いビート感とデジタルシンセの組み合わせがやたらかっこいいバンドバージョンになっている。大貫妙子ファンもこれはチェックすべき好テイク。Discogsのリリースページで試聴をば。
永田真代「JUST ME」('90)
90~91年の2年間にアルバム3枚を残しているソロシンガー。盤は未回収でいずれ入手予定。
全曲でTK氏がアレンジを担当。全10曲中5曲で作曲もしている。総じてデジタル感を全面に押し出した、この時期らしいR&B/ハウス風ダンサブルポップスアルバム。ただ雰囲気には少しばらつきがあり、生バンド感の強いタイトルトラックなどはほとんどMY LITTLE LOVERの原型そのもの。ウォッチャーとしては記憶しておきたい1枚。これまたサブスクはなくDiscogsリリースページへ。
TK氏本人のソロ作品
そんなものがあるとは思わずびっくりした。2作あり、なんとどちらもボーカルはTK氏自身。

まずは88年の1st「DUALITY」。思った以上にネオアコで二度びっくり。ローテンションで優しい歌声は思いのほか良い。80年代デジタリズムから、桑田佳祐/サザンオールスターズやMr. Childrenとの協働で実践することになる箱庭オールドタイムポップステイストに移りかけるちょうど中間を更にパーソナルサイズに押し込んだかのようで、(発売元がMIDIということもあって)GANGWAYあたりが好きな人に聴いてみてほしい好内容。"何秒か前に" "変わらぬ想い"あたりはなかなかにキラー。Wikiによると、おそろしい制作費をかけて全然売れなかったそうで、オブスキュアJ-POP礼賛な今こそオフィシャルリイシューして取り返したらいいのではと思う。

もう1枚、95年の「TESTA ROSSA」。カッコつけにも程があるジャケがどういうつもりだったのか分からないが、内容も内容で前作とは打って変わってやけに気取った感じに変化している。おおむねダンサブル面を強化し、フュージョン/スムースジャズ界で90年前後に若干トレンドになったワールドミュージック/ラテン風味の強化のあおりを若干受けている部分も見受けられる。意外にもミスチル/サザンからのフィードバックは感じないし、マイラバ寸前という匂いもしない。ボーカルスタイルは相変わらずなのに、楽曲のスケール感がパーソナルサイズからはみ出すようになってきたので、全体的に嚙み合ってるのか不安な感じに。ラストの"Without"だけは例の深刻さが十二分に発揮されており、重度のウォッチャーがこの1曲のためだけに手に入れるか否か...というところかと思う。
ほかにも大江千里やら高野寛やらあるけど好みの問題でパス。以後、何かの間違いで初期杏里に安く出会うのを待ちつつ、永田真代を気長に探して遭遇して歓喜するのを楽しみにしたい。
それより現在は、上記で触れていない客演作である飯島真理「コケティッシュ・ブルー」を入口に、まりン探索で大変なのです。これについてはまた後日。
