後期HEAVENS GATE
B級というにはちゃんとしていて、代表的な存在かというとそういう気もあまりしない、頭角を現した当初の評価がなんとなく冷めてく中で気が付いたら解散してしまっていた、という感じの人達として受け止めていたドイツのHEAVENS GATE。
ギタリストのサシャ・ピートはバンドが動いている間からプロデュース/エンジニア業にも忙しく、今は完全にそちらの人として一大キャリアを築き上げている。
長年これといった思い入れもなくスルーしてきたのだが、いわゆる「小難しくなってしまった」とされるラスト2作が、リスナー層の要求とのミスマッチだけで忘却されるにはもったいない意欲作であることが分かり、ここ1~2年で急に彼らのことを見直している。

いまこの2作について検索してみると、敢えて取り上げている人は「バンドとしては失速したが、曲の出来はむしろ最高」と言っていることが多い。そう思います。
名盤と誉れ高い「LIVIN' IN HYSTERIA」('91)とその次の「HELL FOR SALE!」('92)を改めて聴き返すと、頭一つ抜けるだけのひとクセはあれど、おおむね「王道を往き、そこを征す」という気概の中でがんばっている気がする。
ただ、勇壮さのツボが英米北欧の聴き慣れたのとはちょっとズレている感じや、どうキャッチしたらいいかわからないニコニコマーチ感など、ジャーマンメタル特有の当惑要素もちらほら混入している。
これが隠しきれないB級性ゆえなのか、平凡を拒否しての積極的フックなのか、この時期の作品では微妙に判別がつかない。しかし以降の2作では、後者の姿勢がぐっと表出する。
「HELL FOR SALE!」から次作までは、4年という長めのインターバルが空いている。
92年なら、ヨーロッパでゴリゴリパワーメタルを標榜していた彼らとしては、世間を飲み込むオルタナの波も「遠く離れたファンダムでの出来事」としてまだどうにか視界の外に追いやることができていたと思う。
だが同郷シーンの先駆者・HELLOWEENが、93年に問題作「CHAMELEON」をリリースしている。別にオルタナに接近できてはいない内容だが、少なくともメタル然とした武装は緩められており、普通の歌ものとしてもギリギリ聴けないだろうかというおもねりにも似た変化が起こっていた(そんな中でも"First Time"や"Giants"はいい曲だった)。結局それは時代性云々というより、直後に脱退するマイケル・キスクの嗜好によるところが大きかったことがすぐに分かるわけだけど、「旧型メタル一徹から脱した方がいいのかもしれない」という余計な警鐘を鳴らしてしまったのは間違いない。
ほかにもWINGER「PULL」、FIGHT「WAR OF WORDS」、BRUCE DICKINSON「BALLS TO PICASSO」、TESTAMENT「LOW」、TESLA「BUST A NUT」、QUEENSRYCHE「PROMISED LAND」、DREAM THEATER「AWAKE」、HAREM SCAREM「VOICE OF REASON」、BLACK SABBATH「FORBIDDEN」、DEF LEPPARD「SLANG」など、大物/注目若手バンドが大きく毛色を変えて転身を図った作品が90年代中頃までにドサドサと発表され、多くは賛否両論を巻き起こした。
欧州パワーメタル勢は比較的影響を受けず、そもそもビッグマネーを呼ぶようなものではないアングラ音楽としてのメタル像を護りながらマイペースに活動を続けるバンドが多かったが、多少は陰鬱でのったりした曲を混ぜてみたり、そうでなくとも何かしらの新機軸を取り入れる姿がしばしば見受けられたように思う。ハードロックで育った人達が暗中模索でそういうことをするので、成功とは言い難くも不思議で面白い試行が溢れて良かったものだが。

そこへきてHEAVENS GATEが96年に発表した4thフル「PLANET E.」。この頃にはサシャ・ピートのプロデュースワークもかなりの件数になっていて、シーンを俯瞰する者が「いま、自分ならどうするか」を語った作品ともいえる。
イントロなしで突然始まる冒頭曲の変則キメの嵐から、並々ならぬ勝負感が漂う。グランジやスラッシュメタルになびいているわけではないが、正統派メタルの範疇内での緊張感と硬度を極限まで高めることで正面突破を図る強烈な曲。
続く2曲目以降も、メタルらしいテンポのよさや、キャッチーなフックでスパーンと流れが開ける気持ちよさは、維持どころか過去作より大幅に洗練・グレードアップさせながら、陰鬱さを避けたシリアスな緊張感を、新要素としてアルバム全編の下地に敷いている。
ギターのトーンが欧州パワーメタルによくあるミッチミチなディストーションではなく、隙間をもたせながらスラッと整ったオーバードライブという感じになっているのもポイントが高い。同じドイツのRAGEも同年リリースの「END OF ALL DAYS」で似たアプローチをとっていた。メタルを一番簡単にメタルたらしめることのできる外装を敢えて取り外すことで、ソングライティングの妙と演者のポテンシャルがよりダイレクトに表出している気がする(そしてそれが良いものであったため功を奏す結果になっている)し、「メタル苦手」という人にとっての障壁も多少は下がっているのではと思う。
実験性高めな曲はキャッチー寄りな曲の合間にほどほどのペースで紛れ込ませ、全体的には非常にカラフルかつ、「とにかく違うことをやっただけ」ではなく打ちたい球がこんなにあったんだなという創造性の豊かさを強く感じる印象にまとまっている。ノルウェーのCONCEPTIONが3rd「IN YOUR MULTITUDE」でダーク/プログレッシヴ化を推し進めながらも、流行に身売りはせず評価を高めたように、この作品ももっとシーンで歓迎されたらよかったのにと思う。プログレッシヴ派だと思われているバンドが作る実験的アルバムは良くて、正統派枠が同じことをやると肩透かしというのは、メタルファンとメディアの堅い保守性を物語る。

ラスト作となる5th「MENERGY」は3年後の99年にリリースされた。こちらはミッドテンポの曲で幕を開けるが、前作全編で丁寧に積み上げた重厚な語り口の延長として見れば、テンポひとつで「ダーク寄りに振っている」などと落胆するはずもなく、必然の貫禄。ギターは相変わらず若干のナチュラルさと枯れを効かせたトーンで良い。
変則リズムにしろリフのひとひねりにしろ、ベタを知り尽くした者が見せる迂回コースの景色を、あからさまな異物感無しで曲の流れにはめていて、一般ウケはしないかもしれない達者さを粛々と追求している。
ややダミ声質感の混じったパワフルなハイトーンは初期から安定感と迫力があり、このバンドの特色にして強みのひとつだが、キャリアを重ねた5thとあってその表現力もより堂に入ったものになっている気がする。
しかし日本ではもっと濁りのないタイプが好まれる傾向にあって、例えばSAVATAGEのザッカリー・スティーヴンスなどは決して非力なシンガーではなかったのに、ダミ声というだけで「下手」の烙印を(主に当時のBURRN!編集長酒井氏から)押されて損をしていた。HEAVENS GATEがいまひとつ突き抜けきらなかったのも、もしかしたらそれがちょっとあったのでは...と思った。
さておき、シリアスみを強めながらも総じて高止まりのクオリティ、再生産ではない開拓の継続は前作と同等で、非常に充実の出来なのだが、このアルバムは1曲ごとにいちいちはさまってくるSEが少々邪魔に感じてしまう。それぞれそう長くはなく、数秒~数十秒程度ではあるので、曲間だけグラインドコアなのだと思ってやり過ごせなくもないのだが。
この複雑な5日目のカレー(の原型を半分以上失っている絶妙な煮物)にはもはや名前がなく、誰がこれを求めるのかというと、確かに難しいのも分かる。正統派メタルの進化形態というより「変拍子や技巧の応酬が全部揮発したストレートなプログレメタル」と形容したほうが実態に近いが、人はプログレメタルを聴くなら変拍子でワクワクハラハラしたいものである。
こういう「独自深化の行く果てが時代の隙間にはさまって、需要ベースの評価が困難になってしまった充実作」を見つけるのがもうずっとメタルリスナーとしてのライフワークになっている。激変の時代にあった当時、自分達だけを信じてこういう作品を完成させ、形に残してくれたHEAVENS GATEには、四半世紀ごしの感謝と賛辞を贈りたい。