いくつものEmpty Rooms
ゲイリー・ムーアはアイルランドに生まれたギタリスト。ジャズロック仕込みのクリーンさと、ブルーズのむせび泣きを加熱して雄叫びにしたようなニュアンスを持ち、ブラックモア/ペイジ/アイオミ/シェンカー etc.の旧世代ハードロックギターヒーローより一歩先をいく速弾きで往時のキッズを魅了した(がゆえに現在も中古アナログ市場で多めに見かける)。
THIN LIZZYでの活動のあとはもっぱらソロアーティストとして、自らがヴォーカルを取って多くの作品を残している。はじめはハードロック路線、80年代中頃にはシンセもフィーチャーしてAORテイストを若干強め、90年代のグランジリセット以降は「ブルーズ回帰」を謳って概ねその路線を守り通した。2011年、バカンス先のスペインにて58歳で没。
リードギターのワイルドさとは裏腹に、ドラムのフィルインひとつまで厳密に指定する完璧主義者だったという話を昔ヤングギター誌で読んだ記憶がある。
そのためか、一度リリースした楽曲を、アレンジを練り直して再リリースすることがたびたびある。その最たる例が今回のテーマである"Empty Rooms"。
- 初出は1984年のアルバム「VICTIMS OF THE FUTURE」にて。プロデューサー/エンジニアはジェフ・グリックスマン(KANSASやKISSなどを手掛ける)。
- 同年、曲構成の大々的な改変を含むリテイクバージョンをシングルとして発表。プロデューサーはピーター・コリンズ(RUSH、QUEENSRYCHEなどを手掛ける)、エンジニアはおそらくフィル・ハーディング(マット・ビアンコ、DEAD OR ALIVEなどを手掛ける)。
なおこのバージョンを部分的に水増しした謎のロングバージョンも存在する。
- 更に翌年、より洗練の進んだ"Summer '85 Version"をまたシングルとして発表。1985年リリースのアルバム「RUN FOR COVER」にもこのサマーバージョンが収録され、これにて完成を見た。プロデューサーは引き続きピーター・コリンズ、エンジニアはジェイムズ・"ジンボ"・バートン(RUSH、QUEENSRYCHEなどで度々ピーター・コリンズと組んでいる)。
最近サマーバージョンの明記がある7インチを入手し、「RUN FOR COVER」(以下「RFC」)バージョンと全く同じなのか改めて確認したところ、やはりどうもまったく同じであるようだった。微妙に違うとかだったら面白かったのだけど。
とりあえずスタジオテイクはこの3種類で全種制覇となるようなので、それぞれなんか違うんだけどどこが同じでどこが違うんだろうというのを、無駄に詳細にまとめ上げてみることにした。1曲をブラッシュアップする過程がありありと追えてなかなか楽しい。
1. 曲構成
「VICTIMS OF THE FUTURE」(以下VOF)バージョンのみ、その後の2バージョンと異なる。
VOFバージョン:
A→B→A→B→サビ→ソロ(前半32小節+後半16小節)→B(ギターで)→サビ→アウトロ(リタルダンド込み約16小節)
その後のバージョン:
A→B→サビ→A→サビ→ソロ(前半8小節+後半8小節)→B(歌で)→サビ→アウトロ(フェイドアウト)
サビが1回少ないにもかかわらず、中間のギターソロがとにかく長いうえにアウトロにも長いソロが入り、全体で2分20秒も長い。しかもソロ前半とアウトロで他のどのパートとも重複しない独自のコード進行が登場するため、先にRFCバージョンを聴いた身からするとやや冗長にも感じる。
だがこのやたらと長いソロ前半32小節、ガットギターとフレットレスベースがリレーで同じフレーズを弾くパートに漂う、なんともいえないだらだらした寂しさこそ、emptyっぷりを体現しているのかもしれない。
2. アレンジ
これについては主立った差分を箇条書きで書き出してみる。
'85バージョンに向かって完成度を高めていくのだけど、足すだけでなく引くほうも結構やっているのが発見だった。
VOFバージョン
- イントロがちょっと長く、'85サマーバージョンで入るギターフレーズは無い
- Aメロに「トン、トトン」というパターンのドラムが入る(昔っぽいが素朴でいい)
- 2コーラス目のBメロで弾くギターのフィルインが渋かっこいい(これは盲点、要注目)
- サビにAメロと同じシンセのアルペジオが入っている(未洗練感)
- ラストのサビでずっと裏メロ的に入っている単音ギターの渋さは本物
- 展開のさかい目を盛り立てるようなシンセまぶしは基本的に入ってない
- フェイドアウトせず、最後の最後を同名調のDメジャーで〆る(おおげさ)
'84リテイクバージョン
- ドラムが打ち込みに
- イントロのシンセはVOFバージョンと似た音色で同じフレーズだが、BPMがちょっと違うので新しく弾き直していると思われる
- イントロのギターフレーズはまだ無い
- イントロ~Aメロで「ファレラミードソ」というシンセの下降フレーズが入る
- Aメロでドラムの入らない部分が作られる(メリハリ向上)
- 1コーラス目のAメロ「ラレー」というハーモニクスが入るが、'85バージョンより回数が多い(ややしつこい)
- サビに入っていたシンセのアルペジオ(Aメロと同じ)が消え、パッド風の長音のみに(メリハリ向上)
- 2コーラス目のAメロに合いの手風ギターが入る(メリハリ向上)
- サビ(2コーラス目以降)で"without love"のあとに「ラドソラファ、ミ、レ」というシンセが入る
これをノークレジットで弾いているのがジャッコ・ジャクジク(現KING CRIMSON)らしい!(ゲイリーと知り合いだったらしく、ピーター・コリンズがジャッコの作品をプロデュースしているよしみもあったと思われる) - 2コーラス目のサビのみ、高音ブリッジミュート8分で「ラレラミラレラ」というバッキングが入る(3回目には無く、代わりの新要素もない)
- 展開のさかい目を盛り立てるようなシンセまぶしはまだ中途半端だが、ギターソロ前半にピアノのアルペジオが入り劇的に
- ギターソロは'85サマーバージョンとほぼ同じフレーズだがテイク違い
- アウトロがフェイドアウトに変更
'85サマーバージョン
- ドラムは引き続き打ち込み(一部'84リテイクバージョンからの間引きがあるも、フィルイン等は同一)
- イントロに遂にギターフレーズが入る
- イントロほか、全体的にシンセの音色がデジタルなものに変わる
- 1コーラス目Aメロから、スタッカート8分のシンセ和音が消え、ギターの「ラレー」も1回のみに(メリハリ向上)
- 次のパートへ向かう感じを増長するシンセのちょっとしたウワモノが全面的に増える(メリハリ&洗練)
- サビのバックにオクターブ高いシンセの和音が増える(高ぶり感UP)
- 1コーラス目のサビ終わりB♭のチャラーンがシンセからギターに変更(ナイス味変)
- ギターソロの入り、シンセでDmを伸ばしていただけだったのが、ガットギターによるDm→ConDに変更(流れのよさ向上)
- ギターソロ前半、'84リテイクバージョンで入っていたハイハット刻みが消える
- ラストのサビ寸前のつなぎ、シンセの2オクターブ上昇フレーズが、全3バージョンにおける最大瞬間大仰を更新
- 3コーラス目、シンセ16分の「レレララレレソソラ」が入る(サビが段階的にゴージャスになる流れ完成)
3. ボーカルライン
歌は'84リテイクバージョンと'85サマーバージョンが恐らく同一のテイクを使用している(同時再生して比べた)。
VOFバージョンとその後のバージョンの作曲上の差異(曲構成の違いゆえに変わっている箇所と、細かなニュアンスの違いは除く)として大きいのは、サビに何度か出てくる"Where we learn to live"の符割り。
各1回目がVOFでは4分刻みになっているのが、'84リテイクバージョンでは"learn to"が付点+8分になり、最高音をより引っ張るかっこうとなっている。これだけでけっこう印象が変わり、ピーク感を強めるブラッシュアップのひとつになっている。
もうひとつ、'84リテイクバージョンは、アウトロ裏にBメロのフレーズである"You hope that she would~"が入った後、更に 1番Aメロの入りと同じ"Loneliness is your~"がはっきりと入っている。最後の最後で変に振り出しに戻る感じを入れるのはやや蛇足に感じるのだが、'85サマーバージョンではそのフレーズがかなり小さいうえに"is your"あたりでさっさと消え、ほとんど存在感がない。せっかくメインのボーカルトラックがまだ歌っている最中(しかも最高音B♭)でもあるので、ここは引っ込めて正解だと思う。
改めてVOFバージョンを聴くと、ソロ前半の寂しいパートにのちの4倍もの尺を割くわ、ラストは長めの特設花道を通ってメジャーキーで〆るわで、最初はハンディなポップバラードとはむしろ逆の、凄いスケールの大曲にしようという意図があったのか?とも思える。またはギターヒーローとして泣きの一面をとにかく披露しまくりたかったのかもしれない。
だがしかし歌詞の内容は、運命的なすれ違いの悲劇みたいな入り組んだものじゃなく「別れた孤独を強がって生きているが、心の奥ではあの女性が恋しい」くらいのシンプルなもの。やっぱり余韻を残してサラリと通り過ぎるくらいがちょうどよい気がする。
洗練を積み重ねてコンパクトにしながらも、もともと6分強もかけて演出していたドラマ性を凝縮しクッキリさせた結果、'85サマーバージョンは全英チャート最高23位をマークし、自身最大のヒットの一つとなったとの事で、執念で何度もやり直して本当に良かったですねという気持ち。個人的にも(最初に聴いたという思い入れゆえだけど)'85サマーバージョンこそ完成形だと思う。
忘れ物
このまま〆てしまってはいけない。謎多き'84リテイクのロングバージョンについて記さねば。
こんな珍妙なロングバージョンは他に聴いたことがない。いったんノーマル版のラスト近くまでいった後、アウトロに入らずもう一度2コーラス目のAメロに戻り、そこから再びB→サビ→ソロ→Bが歌抜きのカラオケバージョンで繰り返される。テイクはついさっき聴いたものとまったく一緒(ギターソロも)。オーラスのサビのみ、ドラムを抜いたり歌を復活させたりと変化をつけて、やっぱりフェイドアウトで終わる。トータル7分30秒也。
どういう経緯でこれが存在するに至ったのか、気になる~。